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甘えるな!サブカルチャー
▲いつもはこういう萌えっぽい絵は描かないんですが…

最初なので「サブカルチャー」について。
欧米のサブカルチャーと日本で言うサブカルチャーは、その使われ方が少々違っている。欧米のサブカルチャーが「反体制」などの意味合いを含んでいるのに対して、日本のサブカルチャーは単に「マイナー文化」や「若者文化」といったところを指している。このサイトでも紹介している「アニメーション」や「漫画」はその代表ではないかと思う。

今でこそ立派な日本文化になっている「歌舞伎」などは格調も高く、サブカルチャーの対極にあるように思えるが、江戸時代の初めまでさかのぼれば、その時代の庶民から発生した正に当世の流行り、「サブカルチャー」だったのである。文化は時代を経て、市民権を得ると「文化(カルチャー)」となり、一定の型を持ち、型を守ることも必要とされてくる。文化の継承者は型を守りながら、現在とどう付き合うかが悩みとなってくるだろう。
逆に型さえ守っていれば良いと思っていると、型はありながら精神がない、昨今の相撲のようなことになってしまう。
国技などと認められてしまうのが本当に文化にとって幸せだろうか?

最近、日本の漫画やアニメーションも世界的に認められてきた。先日ニュースで若い世代の漫画文化を特集していたが、見て本当に驚いた。漫画の道具一式を親と買いに行く。親は「将来大漫画家にでもなってもらって…」と語る。時代は変わった…。私の時代の親は「漫画で食っていけるのか」と必ず言ったものだ。今の世代にはコタツの天板に原稿を隠して描くことも、ジャンプ禁止令が出ることもないんだろうか?
何をしようと怒られることのない今でも、ついついこっそり描いてしまう。

サブカルチャーが誰に保護されなくても爆発的に育っていくのはなぜだろう。
「将来の見込みがあるかはどうあれ、これに賭けたい。」「給料の半分使ってもそれが欲しい。」
「眠くて死にそうだけど寝ない、これをやりたい。」
何故だろう?それはサブカルチャーが表向きの事情なしの「本当に欲しいもの」だからだと思う。

日本のサブカルチャーを代表する「アニメーション」や「漫画」。今や国もこれらを一大産業と認め、アニメーターの保護や国を挙げての営業に乗り気だ。それ自体は悪いことではないし、うまく活用できれば日本のアニメ産業はもっと発展する。
しかし、その保護が当たり前になって欲しくはない。作り手には常に自分に正直に欲しいものを求める努力と執拗さを。人々がはまってしまうようなモノづくりは何より幸せなことなのだから。